四国八十八ヶ所霊場 第7番札所 十楽寺(じゅうらくじ) 納経印(御朱印・ご宝印)

四国八十八ヶ所霊場 第7番札所 十楽寺(じゅうらくじ) 鐘楼門(しょうろうもん)正面側⇧ 四国八十八ヶ所霊場 第7番札所 十楽寺(じゅうらくじ) 鐘楼門(しょうろうもん)

四国八十八ヶ所霊場 第7番札所 十楽寺(じゅうらくじ) 中門(遍照殿):上層は愛染堂として愛染明王が安置されている。東(左)は縁結び、西(右)は縁切りの入口になる。⇧ 四国八十八ヶ所霊場 第7番札所 十楽寺(じゅうらくじ)  中門(遍照殿) 正面側

四国八十八ヶ所霊場 第7番札所 十楽寺(じゅうらくじ) 中門(遍照殿) 裏側:上層は愛染堂として愛染明王が安置されている。東(左)は縁結び、西(右)は縁切りの入口になる。

⇧ 四国八十八ヶ所霊場 第7番札所 十楽寺(じゅうらくじ)  中門(遍照殿) 裏側

※上層は愛染堂として愛染明王が安置されている。東(左)は縁結び、西(右)は縁切りの入口になる。

四国八十八ヶ所霊場 第7番札所 十楽寺(じゅうらくじ) 鐘楼門(しょうろうもん)2階の愛染明王(あいぜんみょうおう)さん

⇧ 四国八十八ヶ所霊場 第7番札所 十楽寺(じゅうらくじ) 中門(遍照殿) 2階の愛染明王(あいぜんみょうおう)さん

戦国武将の直江兼続が愛という字を兜にしていたのは、ご存じだと思いますが、その愛の字こそが、愛染明王だと言われています。その他には、源頼朝、お市の方は、愛染明王を守護神としていました。と記載がありました。

四国八十八ヶ所霊場 第7番札所 十楽寺(じゅうらくじ) 中門(遍照殿)2階の愛染明王(あいぜんみょうおう)さんについて説明書きがされている張り紙

⇧ 四国八十八ヶ所霊場 第7番札所 十楽寺(じゅうらくじ) 中門(遍照殿) 2階の愛染明王(あいぜんみょうおう)さんについて説明書きがされている張り紙

四国八十八ヶ所霊場 第7番札所 十楽寺(じゅうらくじ) 鐘楼門(しょうろうもん)2階室内の飾り付け①

⇧ 四国八十八ヶ所霊場 第7番札所 十楽寺(じゅうらくじ) 中門(遍照殿)2階室内の飾り付け①

四国八十八ヶ所霊場 第7番札所 十楽寺(じゅうらくじ) 中門(遍照殿)2階室内の飾り付け①

⇧ 四国八十八ヶ所霊場 第7番札所 十楽寺(じゅうらくじ) 中門(遍照殿)2階室内の飾り付け②

四国八十八ヶ所霊場 第7番札所 十楽寺(じゅうらくじ) 本堂

⇧ 四国八十八ヶ所霊場 第7番札所 十楽寺(じゅうらくじ) 本堂

※弘法大師(空海)は、御神木の楠に、国家安泰を祈念して阿弥陀如来様を刻まれ、御本尊として安置したのが寺のはじまり。

平成26年本尊と脇仏が開帳された。

と記載がありました。

四国八十八ヶ所霊場 第7番札所 十楽寺(じゅうらくじ) 大師堂

⇧ 四国八十八ヶ所霊場 第7番札所 十楽寺(じゅうらくじ) 大師堂

四国八十八ヶ所霊場 第7番札所 十楽寺(じゅうらくじ) 治眼疾目救歳地蔵尊(ちがんしつもくきゅうさいじぞうさま)

⇧ 四国八十八ヶ所霊場 第7番札所 十楽寺(じゅうらくじ) 治眼疾目救歳地蔵尊(ちがんしつもくきゅうさいじぞうさま)

昔、盲目の母親を連れて四国巡礼をしていた息子が、この地蔵尊の前で一心に祈ると、母親の目が開いたという伝説があり、眼病平癒にご利益があるとされています。

四国八十八ヶ所霊場 第7番札所 十楽寺(じゅうらくじ)十三不動明王 (じゅうさんふどうみょうおう)

⇧ 四国八十八ヶ所霊場 第7番札所 十楽寺(じゅうらくじ)十三不動明王 (じゅうさんふどうみょうおう)

※十三不動明王とは、十三仏の一尊で、初七日(亡くなってから七日目)の追善供養の本尊として祀られる不動明王のことです。不動明王は、大日如来の化身として、煩悩を断ち切り、人々を正しい道に導く力を持つとされています。

四国八十八ヶ所霊場 第7番札所 十楽寺(じゅうらくじ) 宿坊 光明会館

⇧ 四国八十八ヶ所霊場 第7番札所 十楽寺(じゅうらくじ) 宿坊 光明会館

※個人的な感想ですが、ビジネスホテル並みの宿坊で、とてもよかったです。今回は、朝・夕食付きでお世話になりました。機会があれば、また、寄せていただきたいと思います。

第7番札所 光明山 蓮華院 十楽寺(こうみょうざん れんげいん じゅうらくじ)
宗 派:真言宗単立 
※真言宗単立とは、真言宗の一派でありながら、特定の宗派の傘下に入らず、独立した立場をとる寺院と記載がありました。
本 尊:阿弥陀如来(弘法大師作)
開 基:弘法大師
創 建:806年~807年(平安時代の大同年間)
住 所:〒771-1509 徳島県阿波市土成町高尾字法教田58

今回は、以上です。次回に続きます。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

市川